Abarth Badge

ここ数週間、クルマを取り巻く話題はどれも暗くなるモノばかり。とくに日本メーカー勢の世界選手権レースの撤退の話題にはかなりガッカリですが…久々に『個人的に』明るいネタが。ついにAbarthが日本に正式導入になります!

フィアット グループ オートモービルズ ジャパン株式会社(本社:東京都港区、社長:ポンタス ヘグストロム)は、同社が2009年よりアバルト ブランドの日本におけるオフィシャル インポーターとなることを発表致します。最初の導入モデルとなるのは、フィアット グランデ プントをベースに開発されたアバルト グランデ プント(ABARTH GRANDE PUNTO)で、販売開始は2009年2月14日(土)を予定しており、全国メーカー希望小売価格は2,700,000円(消費税込)としています。また2009年春にはフィアット500をベースに開発されたアバルト500(ABARTH 500)の販売開始も予定しています。フィアット グループ オートモービルズ ジャパンでは、東京、名古屋、大阪、福岡の4都市で順次アバルトディーラーを展開致します。

Fiat Japanプレスリリースより一部抜粋


Grande Punto Abarth

と、いうことで第1弾は本国発表の順序通りGrande Punto Abarthからスタートだそうです。そのあとそんなに待たずに500 Abarthも導入されるようですが。Grande Punto Abarthについては以前書いた記事を参照してもらうとして…驚くのが日本価格。なんと驚きの270万円!円高ユーロ安になったとは言え…これはかなりの割安感!500 Abarthの価格はまだ発表されていないですが、そちらもかなり魅力的な価格で出てくることが想像できます。

一方残念なのが、Abarthディーラーが全国主要4都市にしか用意されないことでしょうか。その他の地区の扱いはどうなるんだろ?おそらくはFiat・Alfa Romeoディーラーでも購入できるとは思うんですが…。ま、Fiat Japanの規模を考えればAbarthディーラーの本格展開はムリか。今のところ2車種しかないし。それと、本国で用意されている180馬力にパワーアップできるSS(esseesse)キットの導入はあるんでしょうかね?


以下プレスリリース全文です。
フィアット、ハイパフォーマンスカー「アバルト グランデ プント」を発売
2009年、アバルトが復活します。

アバルト グランデ プント(ABARTH GRANDE PUNTO)デビュー


 フィアット グループ オートモービルズ ジャパン株式会社(本社:東京都港区、社長:ポンタス ヘグストロム)は、同社が2009年よりアバルト ブランドの日本におけるオフィシャル インポーターとなることを発表致します。最初の導入モデルとなるのは、フィアット グランデ プントをベースに開発されたアバルト グランデ プント(ABARTH GRANDE PUNTO)で、販売開始は2009年2月14日(土)を予定しており、全国メーカー希望小売価格は2,700,000円(消費税込)としています。また2009年春にはフィアット500をベースに開発されたアバルト500(ABARTH 500)の販売開始も予定しています。フィアット グループ オートモービルズ ジャパンでは、東京、名古屋、大阪、福岡の4都市で順次アバルトディーラーを展開致します。


■新生アバルト
 栄光に彩られた過去を現代に実現させる、以前にも増して抑えきれないパッションが、アバルトの名を甦らせようというフィアット グループ オートモービルズのプロジェクトを支えています。スピリットあふれる車、チャレンジ、パッション、そしてスリルの代名詞であったアバルトが、新しいモデルとともに戻って来たのです。

 主にフィアット車をベースとしたチューニングで1950年代後半から1960年代に活躍し世界的伝説を築いた名チューナー カルロ アバルトが率いたAbarth & C.。このアバルトのブランドを完全に独立させるという経営判断によって、Abarth & C. S.p.A.が2007年に独立した会社(フィアット グループ オートモービルズ社の100%子会社/CEO:ルカ デ メオ <Luca De Meo>)として設立されました。そしてアバルト復活の最初のプロジェクトの対象となったのが、フィアット グランデ プントです。


アバルト グランデ プント(ABARTH GRANDE PUNTO)

 ■アバルト グランデ プントは、アバルトの ”マジックハンド” によってタフでダイナミック、スポーティーで鋭いキャラクターを授かった過去のコンパクト・フィアット車たちへのトリビュートモデルです。それらの車たちはサソリ(アバルトの誕生月がサソリ座)の一刺しによって、チャレンジ、スピード、イタリア流の鋭いセンスのテイストを与えられ、数多くのドライバーのパッションに高ぶらせてきました。そして現代、アバルト グランデ プントが全ての人々に、とりわけ若い世代に、高い安全性を確保しながら手の届きやすい価格でコンペティティブレーシングの世界へ導くチャンスを提供することによって、過去のハイパフォーマンス車たちの栄光を呼び起こそうとしています。

 ■アバルト グランデ プントは155psを発生する1.4リッターのターボチャージドエンジンを搭載し、6速マニュアルギアボックスとのコンビネーションにより最高速度208km/h、0→100km/h加速8.2秒をマークします(いずれも欧州仕様メーカー計測値)。アバルト グランデ プントは単にコンパクトなハイパフォーマンスカーではありません。安全性はもちろん、環境にも配慮がなされています。安全面では、チューニングがエンジンやエアロダイナミクスにとどまらず、ブレーキや運動性能セッティングがパフォーマンスの向上を主眼として見直されています。また環境面ではベースモデルよりも高いパワーを発生しながら、排出ガスの面で同じ規制をクリアしています(Euro4適合エンジン)。

 ■アバルト グランデ プントの力強さとエレガンスはすぐに識別できます。たとえばスタンダードのフィアット グランデ プントに比べて広いトレッド※と17インチ アロイホイール、ボディ両サイドのアバルトのネームが入った赤いストライプ、そして赤のドアミラーや黒のルーフスポイラー。フロントバンパーは専用にデザインされ、ヘッドライトユニットは黒のハウジングに収められています。そしてエアインテークはエンジンのクーリングに必要な流量を確保するために開口面積を拡大されるなど、アバルトだけに限られたデザインであることが強調されています。さらにサイドスカートとホイールアーチリム、黒のプラスチックアンダーボディが車体下部を形成し、絞り込まれたディフューザーへとつながって空力性能を高めています。もちろん、アバルトのバッジは認識しやすい、フロントグリルとリアハッチのセンターに、そして両サイドのドアハンドルと同じ高さの位置に取り付けられています。
※現在日本で販売されているフィアット グランデ プント 1.4 デュアロジックと比べてフロントは5mm、リアは10mm広くなっています。

 ■しかし、アバルトの手が最も加わっているのはパフォーマンスに関わるエンジン、ブレーキ、そしてセッティングです。4気筒16バルブエンジン(1,368奸IHI固定ジオメトリーターボチャージャー装備)は155ps(114kW)を5,500rpmで発生し、最大トルクは20.5kgm(201Nm)/5,000rpmとなっています。これだけでアバルトの”マジックハンド”は終わりません。インストゥルメントパネルの 『SPORT BOOST』ボタンを押して”パワーブースト”モードに切り替えると最大トルクが23.5kgm(230Nm)/3,000rpmと、10%以上も増大するとともに、電動パワーステアリングのセッティングがスポーツフィールに変わります。ブレーキは全てディスクブレーキを装備し、フロントはベンチレーテッドディスクにブレンボ製の4ポッドキャリパーの組み合わせとなります。

 ■サスペンションシステムはフィアット グランデ プント(フロントはマクファーソンストラット+アンチロールバー、リアはトーションバー)をベースにテスト&トライを繰り返し、最適なセッティングが施されています。アンチロールバーは幅を広められ(直径19mm)、フロントスプリングを20%レートに高め、車高は15mm低くセッティングされました。このチューニングによってアバルト グランデ プントは破綻のないロードホールディングを実現する一方、高い快適性も確保されています。安全性ももちろん重視され、標準装備するESP(エレクトロニック スタビリティ プログラム)は解除できない機構となっています。

 ■インテリアにもアバルト流の仕上げが施されています。インストゥルメントパネルはスポーティーなデザインとされ、これと同様のタッチでステアリングホイールとシフトレバーがブラックレザーとレッドステッチで仕上げられています。シートはビルトインタイプのヘッドレストや、ランバーサポートと大腿部のサポートを確実なものとするデザインとなっています。


 ■オートサロンで日本初公開:アバルト グランデ プント、そしてアバルト 500
アバルト グランデ プントが、2009年1月9日(金)〜11日(日)に幕張メッセ・北ホールにて開催されるインポートオートサロン2009(IMPORT AUTO SALON 2009)のアバルト ブースで初めて日本で公開されます。また、同ブースにおいて2009年春に日本での発売が予定されているフィアット 500をベースに開発されたアバルト 500(ABARTH 500:イタリア本国仕様)も日本で初めて展示されます。

 ※なお、フィアット グループ オートモービルズ ジャパンでは、2009年1月9日(金)午前11:30(業界及び報道関係者招待時間帯)より、アバルトブース内にてプレスブリーフィングを開催し、今後のアバルトブランドの展開など、より詳細なインフォメーションを発表する予定となっています。

 名称:IMPORT AUTO SALON 2009(インポートオートサロン2009)
 会期:2009年1月9日(金)、10日(土)、11日(日)
 会場:幕張メッセ 国際展示場ホール9〜(北ホール・日本コンベンションセンター内)
 開催スケジュール:
  2009年1月9日(金)9:00〜18:00(業界&報道関係者招待日/一般特別公開 13:00より)
        1月10日(土)9:00〜18:00(一般公開日)
        1月11日(日)9:00〜17:00(一般公開日)
 主催:東京オートサロン事務局(TASA)http://www.e-autosalon.net/import/index.php


■アバルト ウェブサイトがオープンします: http://www.abarth.jp
 2009年1月22日(木)、アバルトのウェブサイトがオープンします。現在のアバルトのインフォメーションはもちろん、アバルトの伝説的な歴史などを、レーシングサウンドとともに楽しむことができます。

■アバルトの記録と勝利の長く続く伝統
 オーストリア人のカルロ アバルト(イタリアの市民権獲得後にファースト ネームをカールからカルロに改名)によって1949年に設立された会社Abarth & C.は、フィアット1100をベース車両とした204 A ロードスターでレース界にデビューするとすぐにその能力を発揮し、イタリア1100スポーツとファーミュラ2選手権を制覇しました。これによってアバルトの名前はエンスージャストの間で急速に高まりました。その勢いは止まることを知らず、とりわけ権威あるブランドとして1950年代終わりから1960代を通して絶頂期を迎えました。

 カルロ アバルトは一心不乱に働きその才能を開花させながら ”サソリ” の伝説を築き上げました。数々の勝利や記録、そして根底を覆すようなアイデアによって人々のスポーツカーに対する見方を変えてきたのです。

 1956年、ベルトーネがスタイリングを手がけたフィアット アバルト 750によって、アバルトのその後続く速度耐久記録の歴史が始まりました。この年の6月18日のモンツァサーキットにおいて、24時間で3,743kmを走破し(平均時速155km/h)、新たな24時間記録を打ち立てました。その直後の6月27日〜29日には、ロンバルディア州にある同サーキットで、アバルトはさらに以下の数々の記録を樹立しました: 5,000km、10,000km、5,000マイル(特定距離の所要時間記録)、48時間、72時間(特定時間内の走行距離記録)。彼の成功は国内にとどまらず、ドイツの有力誌”Das Auto Motor Und Sport”の15号(1956年7月21日刊)にアバルト 750の記事が取り上げられ、その表紙も飾りました。また同年には、アバルト 750はザガートのスタイリングによる2つの異なるバージョン、フィアット アバルト 750 ザガートとフィアット アバルト750 GT ザガートが発表されています。

 そして1957年5月11〜12日に開催された第24回ミッレミリアの750クラスには20台もの”サソリ”が参加し、その内の16台がレースを完走したのです。アバルトの伝説は終わることなく、日常の会話に上るほどでした。

 1958年、アバルトは当時のフィアット500を全く作り変え、そのポテンシャルをフルに引き出すことに成功しました。同年にはフィアットとの関係を一層深め、アバルトチームが打ち立てた勝利や記録の数に応じてフィアットから賞金を受け取る契約を結び、その後の記録の数は10の世界記録と133の国際記録、そして10,000以上の競技での勝利を数えるに至りました。

 1960年代はアバルトの黄金期と言えるもので、その名は”スピード”、”勇気”、”パフォーマンス”そして”改良”を意味するまでになりました。モーターレーシング史にアバルトの名を深く刻んだ車は、ニュルブルクリンクを含む主要な国際サーキットで勝利を収めたフィアット アバルト850 TCから、フィアット アバルト 1000ベルリーナ、不利な天候にもかかわらずモンツァで数々の記録を打ち立てた2300 Sまで、膨大な数に上ります。

 カルロ アバルトは自身での記録樹立も望み、1965年10月20日にモンツァにおいて、0→1/4マイルと0→500mの記録を”1000シングルシーターレコード” クラスG(105hp)のフィアット アバルトで樹立しました。翌日には、さらに上のカテゴリーである2000佞Eクラスのシングルシーターで同様の記録を樹立しました。彼の執着心を表す逸話となっているのは、この時彼は57歳で、しかも狭いコックピットに乗り込むために30kg減量を強いられながらもこの挑戦を成功させたことです。

 1971年以降アバルトはフィアット オートの傘下に入ることになり、アバルトが手がけた最後の車がA112 アバルトとなりました。1980年代になっても、リトモ アバルトやフィアット131アバルトのような記念モデルによってそのストーリーは続きました。特に131アバルトは、1977年と1978年にはマルク アレン(現在のアバルトチームのドライバーであるアントンアレンの父親)のドライブによって、1980年にはワルター ロールのドライブによって、3回も世界ラリー選手権を制しています。

プレスリリース後半に書かれている『過去の栄光』に負けないぐらいのホットモデルが多数出てくることを期待。アメリカはもとより、日本国内の自動車販売も落ち込みまくっているこのご時世、こういう特異なキャラのクルマは真っ先に痛手を負うでしょうけど…今後が楽しみです。